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45豊後竹田駅~米山~原尻の滝(大野竹田バスなど)
潤いの道

田園地帯の川が突然落差20mの豪快な流れに変わることで有名な大分県の原尻の滝。最寄りの豊肥本線緒方駅からは2kmあまりでバスも運行されていますが、 今回は豊後竹田駅から米山(こめやま)で乗り換えて向かうことにしました。
豊後竹田の駅舎は白壁瓦屋根、裏の一条の細い滝(落門の滝)が借景となっています。 小さな青いバスがやってきました。大分バスグループの大野竹田バスです。原尻の滝の近くを通って緒方町の市民病院へ向かうのはこの1便のみですが、 途中の米山止まりの便は他に3便あり、地方の足としては恵まれています。
たった一人の客を乗せたバスは竹田の中心街を新たな乗客の気配もなく進みます。左手に大きな白壁、右手に裁判所が見えると、いよいよ細い路地から開放され、 しばらくは寂しげな県道8号線を上ります。途中の上角で一人のご婦人が乗車、日常の利用客がいることに安心します。 いくつかのトンネルをくぐり、最後に「隧道」の名のほうがふさわしい、岩肌が露出した長宇土トンネルを抜けると、河宇田に到着です。 日本名水百選に選ばれている竹田湧水群の中でも最も湧水量の多いのがこの付近一帯の河宇田湧水とのことです。
竹田市最後のバス停が十角(とすみ)温泉。低温の鉱泉だったらしいのですが、とうの昔に廃業してしまったようで、バス停だけに名残を残しているようです。 ご婦人はこの近くで下車されました。
小さな橋を渡って豊後大野市に入りました。春雨にもかかわらず桜と菜の花に彩られた山里は実に鮮やかです。細い道のため、対向車とのすれ違いが何回もあります。 実は米山において、このバスの到着時間と、次に乗るコミュニティバスの発車時間が同時刻なのです。乗り継ぎが難しい場合はこのまま乗車するという 安全策を用意してありますが、この旨を運転手さんに告げていたこともあり、定時に米山に到着することができました。 ついに客の姿がなくなった小さなバスに深々とお礼をして見送ります。
滝を背景に豊後竹田駅 白壁と裁判所 桜と菜の花
余談ですがここ米山から南に県道7号線を進むと、宮崎県境近くに1954年に閉山した尾平鉱山(おびらこうざん)があり、 鉱山の東に傾山、西に祖母山と、祖母傾山系をなす2つの峰がそびえています。
傾山には「吉作(きっさく)落とし」という悲しい昔話があります。 岩茸採りをしていた上畑の若者がちょっとした油断で急斜面の崖に取り残されてしまいます。 叫べども結局助けはこず、数日後には意識も朦朧として谷間に身を投げるというものです。
このような山深い地域の人口は鉱山閉山後に急減、1971年に上畑と尾平鉱山の路線バスが区間廃止され、これを機に緒方町が町営バスの運行を始めたようです。 町村合併後の現在では豊後大野市コミュニティバスとして、地域の重要な移動手段となっています。
米山バス停 白壁と裁判所 駅前の一風景
定刻より2分ほど遅れて原尻の滝に向かう白い車体がやってきました。数名の先客の姿があります。 市のコミュニティバスなので小さな集落も巡回します。このため時間はかかりますが、普段見られない奥深い集落の姿を堪能できるのが大きな魅力です。
新赤川トンネルを抜け県道を左折すると、さっそく右下に旅情をかきたてる古い石橋が見えてきました。 昔はああいう橋も小さな車が渡っていたのだろうなと感慨にふけっていると、なんとこのバスが渡るではありませんか。 左右の欄干は申し訳なさそうについている程度。ひびのようなものがところどころ見えるのは気のせいでしょうか。 少しひやひやしましたが、無事通過。
対岸の寺原を過ぎると、今度は増水時には絶対に渡れそうにないいわゆる「沈下橋」が見えてきました。 桜に囲まれた簡易な細い橋の通過に 淡い期待を持ちましたが、こちらは見事に裏切られました。 バスは竹林に囲まれた尾迫で折り返し、再び県道に合流します。 その後も次々に目に入るいくつかの古めかしい石橋を渡ったり渡らなかったりしながら、いよいよ原尻地区に入り車窓は最高潮を迎えます。 前方に原尻の滝が見えてきました。滝の姿は驚くほど近くなります。滝の真上の沈下橋を通過、目の前の水面が突然消える異様な光景が 広がります。日本一沈下橋の多い大分県ならではの演出、無事滝上を通過したところで下車しました。
米山バス停 白壁と裁判所 駅前の一風景
後続の折り返し便を撮影してみました。これほど滝すれすれを通過するバス路線はあまり記憶がありません。なかなかの迫力です。 なお原尻の滝バス停を通る路線は多くありますが、このように滝の真上を通るのは上緒方線の一部の便だけです。

※滝訪問の10日後、熊本や大分を中心とする大きな地震がありました。一日も早く平穏な生活が戻りますように。
駅前の一風景 駅前の一風景
駅前の一風景

竹田駅前12:58-【大野竹田バス】→13:22米山(こめやま)13:22-【豊後大野市営バス200円】→13:48原尻の滝
2016年4月の情報


44明科~山清路~さぎり荘~新町(生坂村営バスなど)
犀川紀行

槍ヶ岳を水源とし上高地を潤す梓川(あずさがわ)は、広い松本盆地を抜けると犀川(さいがわ)と名を変え 今度は一変して険しい峡谷を縫って、やがて長野市内で千曲川に合流します。その犀川に沿った険しい区間は 以前は水運の大変な難所だったようですが、現在では自治体バスが結んでいます。
松本から篠ノ井線で北へ2駅、明科駅前の国道の一角に「いくりん」と書かれた青いバスが待機していました。 第一走者の生坂村営バスです。紅葉真っ最中ですがあいにくの雨。 木戸橋で犀川を渡っていると、 「本当なら雪を冠った北アルプスの山々が見えるのに残念」と前方を指す運転手さん。 「毎日見ている地元の人でも美しいと思う風景」と乗客の方。そのたった一人の同乗客も生坂村に入る手前の 「小泉火の見下」バス停で下車、早くも貸し切り状態になってしまいました。
明科駅前バス停 生坂村営バス「いくりん」 駅前の一風景 晴天時には北アルプスも
生坂トンネル手前で犀川は大きく蛇行し、バスもいったん国道を外れ村役場のある中心部へ。 左手の川岸に寂しげに並んだ二つの白い影。大陸へ飛来をせずここに定住している白鳥だそうです。 生坂発電所のダムが水鳥公園になっているようです。
生坂村の人間社会はさらに寂しげで、人影が全くありません。話によると先ごろ村で唯一生鮮食料を販売していた店が 経営難で消えてしまったそうです。村の収入源は発電関連のほかは、村農業公社名物のうどんや個人の物産販売などごくわずか。 発想力豊かな若手村長が奮闘しているようですが、2000人にも満たない小さな村が昨今の地方への強い逆風に向かって 生き残るのは大変です。その状況下での村営バス運行は実にありがたいことです。
生坂ダム付近 まもなく山清路 山清路到着
この便は乗客の申告があった場合のみ、村中心部を抜けて山清路(さんせいじ)、古坂方面まで延長運転しますが、 山清路を訪れる観光客が利用することはまずないそうです。 再び渓谷沿いの国道を走行、車窓は一段と赤みを増します。いよいよ景勝の山清路に到着です。 あいにくの小雨ですが、展望台から見る切り立った岩肌と川面に映る紅葉はなかなか見ごたえがあります。
山清路バス停 山清路1 山清路2 山清路3
ここ山清路でも次の大町市営バスに乗り継げますが(※)、 1時間弱あるので宇留賀(うるが)の集落まで足をのばしてみました。これぞ秋の山里という風景が広がっていました。 そこに似つかわしくない大きなクレーンと橋脚が出現。実はこの山清路をトンネルで迂回する道が建設されていて、 バスの車窓から山清路を楽しめるのもあと数年かもしれません…
(※山清路のバス停は、生坂村は国道19号線上、大町市は県道55号線上にあり、約100mほど離れています。)
会バス停付近 道端に咲く季節外れの朝顔? 宇留賀バス停 宇留賀バス停と大町市民バス
宇留賀から乗った大町市民バス「ふれあい号」にはすでに10人近い先客がいました。再び山清路を通過します。 大町市の八坂バス停付近で乗客が次々に下車し、結局一人になって終点のさぎり荘に到着しました。 さぎり荘は温泉宿ですが、ジンギスカン料理が名物であることから、バス停の背後には遊牧民のテントがありました。 これがバスの待合室なのでしょうか。
さぎり荘到着間近の大町市民バス さぎり荘バス停と長野市営バス 長野市営バスの車窓
次は10分で長野市営バス信州新町行きに乗継。今までと同様に犀川沿いの紅葉が車窓に広がりますが、やがて視界が広がり町の雰囲気が漂います。 長野市の旧信州新町は地方の小さな町ですが、ここ数時間はバスの車内以外にほとんど人の姿を見なかったので、銀行や商店が並ぶ通りは 大都会に感じます。途中で一人乗車、アルピコ交通の営業所がある新町で二人とも下車しました。
明科駅からここ新町まで3つの自治体バスを乗り継いで合計800円。雨天でも犀川の渓谷美を十分に堪能できました。 ぜひ次は青空の下で北アルプスと紅葉を拝みたいものです。
なお新町からはアルピコ交通で長野駅まで1200円、篠ノ井駅まで940円。久米路峡など犀川の最終章を楽しみましょう。
明科駅10:10-【生坂村営バス400円】→10:41山清路…宇留賀11:31-【大町市営バス200円】→11:52さぎり荘12:02 -【長野市営バス200円】→12:17新町13:15-【アルピコ交通1200円】→13:52長野バスターミナル
2015年11月の情報


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