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46土佐久礼駅〜大野見〜窪川駅(四万十交通など)
冬の沈下橋

前号に引き続き沈下橋関連の路線を。沈下橋といえばまず思い当たるのが高知県の四万十川、四万十交通のホームページにあった 「路線バスが沈下橋(久万秋・長野)を渡るのは、四万十川流域では当社唯一のものです」の一文に誘われて2つの沈下橋を渡るバスの姿を見たくなりました。
十佐久礼駅から大野見行きの小型バスは客一人だけを乗せて定刻に発車、まもなく眼下には高知道と山並みを見下ろす雄大な車窓が広がります。 久礼と大野見は標高差250mほどあるそうで、 快晴だった久礼からは一転、峠を越えると大野見では雪が舞っていました。大野見の役場を少し過ぎ、終点の大野見診療所で中土佐町のコミュニティバスに乗り換えます。 このバスは曜日別に行き先が異なり、今日は中土佐町最北の程落(ほどおち)との間を往復します。片道30分でわずか100円、往復でも合計200円、町民にとってもありがたい運賃設定です。
土佐久礼駅のバス 高知道と山並みを見下ろす 大野見の役場
車内には先客のご婦人が一人、「九州の学校から風で運ばれたヒマワリの種の入った手紙が枝にひっかかっていて、その後交流が始まったがみんなで共有したい」ということで 大野見まで来られたようです。心あたたまる話をうかがっているとバスは第一目的地の久万秋沈下橋に到着、ごく短時間途中下車させてもらいます。 枯れすすきの向こうに沈下橋を渡るコミュニティバスが撮れました。曜日と時間によっては、同じ場所で四万十交通の大型バスが渡る姿が見られるはずです。
久万秋沈下橋を渡る 車内から見る沈下橋
四万十川に沿って
バスはしばらく四万十川本流に沿って上流を目指します。途中で手ぶらで軽装のご婦人が2人乗車され、小型の車内には4人の客。過疎地の路線にしては上出来です。 萩中付近で先客が下車、ここからは本流をそれて寂しい道を進みます。沿道には崩れかかっている廃屋も多く「限界集落」の4字が頭をよぎります。 後で乗車されたお二人は終点近くの家の前で下車しました。終点程落では20分の折り返し時間、どうもこの時間を利用して高齢のお知り合いの様子をうかがいに来たようです。 私もこの時間を利用して少し足を延ばし峠を越えました。木々の間からはるか下方に津野町の集落が見下ろせます。 程落の小さなバス停はまさに町境の看板の脇にあり、週2日とはいえ路線網が町の末端の集落まで行き届いていていることに安心感を覚えます。

折り返し大野見行きには途中からさきほどのご婦人二人も乗車、地方の集落の厳しい実情を伺いました。若い人は集落を離れ高齢者は次々に亡くなり、無人となった家から 朽ちて崩れてゆく・・・ 自然との距離の近い高知ならではの神仏の話もいろいろ聞きました。路傍にはところどころお地蔵さまなどを祀った小さな祠があり、木の枝を折って そこに置くことで道中の無事を祈ることから「柴折様」と呼ばれるそうです。現在の津野町に安産の神社がありこの道が参道として利用されていたのではないかとのお話し。 しかし今の若い人はその存在すら知らず埋もれていくのも時間の問題だろうと。 一方で大野見にはかつて四国遍路を参考にした小さな88ヶ所巡礼があり、これも今では分散して埋もれていたので自分で寄付を呼び掛けて88の全てを見つけ出し 街中にまとめたとのこと。このご婦人の下車後、みどり屋という店の前にその地蔵群があるのを自分の目で確認しました。何も知らなければその大変な苦労も知らず素通りしてしまう車窓、 地元の人の話を聞けるコミュニティバスだからこそ何倍も味わい深いものになります。
その後乗車されたご婦人の話も興味深いもので、「まだ土葬だった若いころ、このあたりで火の玉を見て腰を抜かした。墓から墓へ、色は赤や青さまざま」というもの。 実際に火の玉を見たという人に初めてお会いしたので聞き入ってしまいました。今なお謎に包まれながらも、人間の骨の成分のリンが空気中で発光するのではないかなどと科学的な 仮説も立てられる火の玉。後で調べて知ったことですが高知県は土葬率の最も高い場所とのことで、土葬がほぼなくなった日本では生き証人の話を聞ける機会ももう少ないのかもしれません。 高知県出身の寺田寅彦は自身の随筆「人魂の一つの場合」の中で科学的な推察をしながら「われわれの子供の時分には、火の玉、人魂ひとだまなどをひどく尊敬したものである」と書いています。
萩中バス停 車窓から見える廃屋 町境界にある終点バス停
終点近くの奈路の交差点で下車し、ここから次の目的地である長野の沈下橋まで3qあまり四万十川に沿った県道19号線を歩きます。この区間に人家はまばらで、景色が寂しくなるにつれ 小雪は吹雪へと変わりました。沿道には「三又渡」「長野渡」といった高知県でよく見られる一本柱のバス停。橋が架かっている場所が以前は渡し場だっとことがわかります。今は船頭はもちろん人の姿すら見当たりません。 ようやくたどりついた長野の沈下橋でバスを待つこと約10分、その時が近づくにつれいよいよ吹雪は顔を横から下から容赦なく襲い掛かってきます。 全身真っ白になり意識がやや朦朧とする中でやっと撮った写真は、バスの姿もよく見えない吹雪の中の沈下橋でした・・・
三又渡バス停
長野渡バス停
吹雪の中姿を現したバス
残念な結果でしたが26分後に折り返しの窪川駅行きバスが再びこの橋を渡るので、もう一度撮影の機会があります。自由乗降区間のためそのままそのバスに乗り込む予定です。 ただ付近には雪宿りができるような場所もなく、体を震わせては降り積もる雪を払いのける修業が続きます。悪天候ということもあり、30分弱で橋を渡った車はたった1台、徒歩で渡る人の姿はまったく見かけません。 空中を舞う雪が白い人魂に見えてきました。何かの縁でしょうか、前述の「人魂の一つの場合」の寺田寅彦は祖父の代まではこの長野に住んでいたそうです。幸い折り返しのバスがやってくる直前に 白い人魂はほとんど消えてくれ、長野沈下橋を渡るバスの姿を写真に収めることができました。欄干のない橋をどこか不安げに渡る大型バスはやはり見ごたえがあります。
ようやく撮れた長野沈下橋を渡るバス
復路で見た沈下橋 川幅も広くなり雪もやみ
唯一の先客の小学生が下車し、四万十川や高知の名産物で運転手と話がはずみます。車窓の四万十川本流はさらに川幅を広げ、さきほどの吹雪が嘘のように車内には夕陽が差してきました。 乗車中の40分はあっという間に過ぎバスは窪川駅に滑り込みます。

かつて寺田寅彦は言いました。「災害は忘れたころにやってくる」と。高熱は2日後にやってきました。
土佐久礼駅13:40−【四万十交通500円】→14:05大野見(診療所前)14:10−【中土佐町バス100円】→14:41程落14:59−【中土佐町バス1000円】→15:30ごろ奈路(付近)…(徒歩3.5q)…長野渡16:38−【四万十交通1000円】→17:20窪川駅
2018年1月の情報


45豊後竹田駅〜米山〜原尻の滝(大野竹田バスなど)
潤いの道

田園地帯の川が突然落差20mの豪快な流れに変わることで有名な大分県の原尻の滝。最寄りの豊肥本線緒方駅からは2kmあまりでバスも運行されていますが、 今回は豊後竹田駅から米山(こめやま)で乗り換えて向かうことにしました。
豊後竹田の駅舎は白壁瓦屋根、裏の一条の細い滝(落門の滝)が借景となっています。 小さな青いバスがやってきました。大分バスグループの大野竹田バスです。原尻の滝の近くを通って緒方町の市民病院へ向かうのはこの1便のみですが、 途中の米山止まりの便は他に3便あり、地方の足としては恵まれています。
たった一人の客を乗せたバスは竹田の中心街を新たな乗客の気配もなく進みます。左手に大きな白壁、右手に裁判所が見えると、いよいよ細い路地から開放され、 しばらくは寂しげな県道8号線を上ります。途中の上角で一人のご婦人が乗車、日常の利用客がいることに安心します。 いくつかのトンネルをくぐり、最後に「隧道」の名のほうがふさわしい、岩肌が露出した長宇土トンネルを抜けると、河宇田に到着です。 日本名水百選に選ばれている竹田湧水群の中でも最も湧水量の多いのがこの付近一帯の河宇田湧水とのことです。
竹田市最後のバス停が十角(とすみ)温泉。低温の鉱泉だったらしいのですが、とうの昔に廃業してしまったようで、バス停だけに名残を残しているようです。 ご婦人はこの近くで下車されました。
小さな橋を渡って豊後大野市に入りました。春雨にもかかわらず桜と菜の花に彩られた山里は実に鮮やかです。細い道のため、対向車とのすれ違いが何回もあります。 実は米山において、このバスの到着時間と、次に乗るコミュニティバスの発車時間が同時刻なのです。乗り継ぎが難しい場合はこのまま乗車するという 安全策を用意してありますが、この旨を運転手さんに告げていたこともあり、定時に米山に到着することができました。 ついに客の姿がなくなった小さなバスに深々とお礼をして見送ります。
滝を背景に豊後竹田駅 白壁と裁判所 桜と菜の花
余談ですがここ米山から南に県道7号線を進むと、宮崎県境近くに1954年に閉山した尾平鉱山(おびらこうざん)があり、 鉱山の東に傾山、西に祖母山と、祖母傾山系をなす2つの峰がそびえています。
傾山には「吉作(きっさく)落とし」という悲しい昔話があります。 岩茸採りをしていた上畑の若者がちょっとした油断で急斜面の崖に取り残されてしまいます。 叫べども結局助けはこず、数日後には意識も朦朧として谷間に身を投げるというものです。
このような山深い地域の人口は鉱山閉山後に急減、1971年に上畑と尾平鉱山の路線バスが区間廃止され、これを機に緒方町が町営バスの運行を始めたようです。 町村合併後の現在では豊後大野市コミュニティバスとして、地域の重要な移動手段となっています。
米山バス停 白壁と裁判所 駅前の一風景
定刻より2分ほど遅れて原尻の滝に向かう白い車体がやってきました。数名の先客の姿があります。 市のコミュニティバスなので小さな集落も巡回します。このため時間はかかりますが、普段見られない奥深い集落の姿を堪能できるのが大きな魅力です。
新赤川トンネルを抜け県道を左折すると、さっそく右下に旅情をかきたてる古い石橋が見えてきました。 昔はああいう橋も小さな車が渡っていたのだろうなと感慨にふけっていると、なんとこのバスが渡るではありませんか。 左右の欄干は申し訳なさそうについている程度。ひびのようなものがところどころ見えるのは気のせいでしょうか。 少しひやひやしましたが、無事通過。
対岸の寺原を過ぎると、今度は増水時には絶対に渡れそうにないいわゆる「沈下橋」が見えてきました。 桜に囲まれた簡易な細い橋の通過に 淡い期待を持ちましたが、こちらは見事に裏切られました。 バスは竹林に囲まれた尾迫で折り返し、再び県道に合流します。 その後も次々に目に入るいくつかの古めかしい石橋を渡ったり渡らなかったりしながら、いよいよ原尻地区に入り車窓は最高潮を迎えます。 前方に原尻の滝が見えてきました。滝の姿は驚くほど近くなります。滝の真上の沈下橋を通過、目の前の水面が突然消える異様な光景が 広がります。日本一沈下橋の多い大分県ならではの演出、無事滝上を通過したところで下車しました。
米山バス停 白壁と裁判所 駅前の一風景
後続の折り返し便を撮影してみました。これほど滝すれすれを通過するバス路線はあまり記憶がありません。なかなかの迫力です。 なお原尻の滝バス停を通る路線は多くありますが、このように滝の真上を通るのは上緒方線の一部の便だけです。

※滝訪問の10日後、熊本や大分を中心とする大きな地震がありました。一日も早く平穏な生活が戻りますように。
駅前の一風景 駅前の一風景
駅前の一風景

竹田駅前12:58−【大野竹田バス】→13:22米山(こめやま)13:22−【豊後大野市営バス200円】→13:48原尻の滝
2016年4月の情報


44明科〜山清路〜さぎり荘〜新町(生坂村営バスなど)
犀川紀行

槍ヶ岳を水源とし上高地を潤す梓川(あずさがわ)は、広い松本盆地を抜けると犀川(さいがわ)と名を変え 今度は一変して険しい峡谷を縫って、やがて長野市内で千曲川に合流します。その犀川に沿った険しい区間は 以前は水運の大変な難所だったようですが、現在では自治体バスが結んでいます。
松本から篠ノ井線で北へ2駅、明科駅前の国道の一角に「いくりん」と書かれた青いバスが待機していました。 第一走者の生坂村営バスです。紅葉真っ最中ですがあいにくの雨。 木戸橋で犀川を渡っていると、 「本当なら雪を冠った北アルプスの山々が見えるのに残念」と前方を指す運転手さん。 「毎日見ている地元の人でも美しいと思う風景」と乗客の方。そのたった一人の同乗客も生坂村に入る手前の 「小泉火の見下」バス停で下車、早くも貸し切り状態になってしまいました。
明科駅前バス停 生坂村営バス「いくりん」 駅前の一風景 晴天時には北アルプスも
生坂トンネル手前で犀川は大きく蛇行し、バスもいったん国道を外れ村役場のある中心部へ。 左手の川岸に寂しげに並んだ二つの白い影。大陸へ飛来をせずここに定住している白鳥だそうです。 生坂発電所のダムが水鳥公園になっているようです。
生坂村の人間社会はさらに寂しげで、人影が全くありません。話によると先ごろ村で唯一生鮮食料を販売していた店が 経営難で消えてしまったそうです。村の収入源は発電関連のほかは、村農業公社名物のうどんや個人の物産販売などごくわずか。 発想力豊かな若手村長が奮闘しているようですが、2000人にも満たない小さな村が昨今の地方への強い逆風に向かって 生き残るのは大変です。その状況下での村営バス運行は実にありがたいことです。
生坂ダム付近 まもなく山清路 山清路到着
この便は乗客の申告があった場合のみ、村中心部を抜けて山清路(さんせいじ)、古坂方面まで延長運転しますが、 山清路を訪れる観光客が利用することはまずないそうです。 再び渓谷沿いの国道を走行、車窓は一段と赤みを増します。いよいよ景勝の山清路に到着です。 あいにくの小雨ですが、展望台から見る切り立った岩肌と川面に映る紅葉はなかなか見ごたえがあります。
山清路バス停 山清路1 山清路2 山清路3
ここ山清路でも次の大町市営バスに乗り継げますが(※)、 1時間弱あるので宇留賀(うるが)の集落まで足をのばしてみました。これぞ秋の山里という風景が広がっていました。 そこに似つかわしくない大きなクレーンと橋脚が出現。実はこの山清路をトンネルで迂回する道が建設されていて、 バスの車窓から山清路を楽しめるのもあと数年かもしれません…
(※山清路のバス停は、生坂村は国道19号線上、大町市は県道55号線上にあり、約100mほど離れています。)
会バス停付近 道端に咲く季節外れの朝顔? 宇留賀バス停 宇留賀バス停と大町市民バス
宇留賀から乗った大町市民バス「ふれあい号」にはすでに10人近い先客がいました。再び山清路を通過します。 大町市の八坂バス停付近で乗客が次々に下車し、結局一人になって終点のさぎり荘に到着しました。 さぎり荘は温泉宿ですが、ジンギスカン料理が名物であることから、バス停の背後には遊牧民のテントがありました。 これがバスの待合室なのでしょうか。
さぎり荘到着間近の大町市民バス さぎり荘バス停と長野市営バス 長野市営バスの車窓
次は10分で長野市営バス信州新町行きに乗継。今までと同様に犀川沿いの紅葉が車窓に広がりますが、やがて視界が広がり町の雰囲気が漂います。 長野市の旧信州新町は地方の小さな町ですが、ここ数時間はバスの車内以外にほとんど人の姿を見なかったので、銀行や商店が並ぶ通りは 大都会に感じます。途中で一人乗車、アルピコ交通の営業所がある新町で二人とも下車しました。
明科駅からここ新町まで3つの自治体バスを乗り継いで合計800円。雨天でも犀川の渓谷美を十分に堪能できました。 ぜひ次は青空の下で北アルプスと紅葉を拝みたいものです。
なお新町からはアルピコ交通で長野駅まで1200円、篠ノ井駅まで940円。久米路峡など犀川の最終章を楽しみましょう。
明科駅10:10−【生坂村営バス400円】→10:41山清路…宇留賀11:31−【大町市営バス200円】→11:52さぎり荘12:02 −【長野市営バス200円】→12:17新町13:15−【アルピコ交通1200円】→13:52長野バスターミナル
2015年11月の情報


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